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東京地方裁判所 平成6年(ワ)13052号 判決

原告

沖谷政海こと沖ノ谷政海

右訴訟代理人弁護士

森井利和

東澤靖

被告

生活協同組合メセタ(旧名称・下馬生活協同組合)

右代表者理事

竹内暘子

右訴訟代理人弁護士

栂野泰二

有賀信勇

主文

一  被告は、原告に対し金五二七万七〇八六円並びに内金五二一万〇九四八円に対する平成六年七月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員及び内金六万六一三八円に対する平成六年八月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、全部被告の負担とする。

四  この判決の主文第一項は、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の申立

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金九一五万七七八三円並びに内金八五五万八一八三円に対する平成六年七月一三日から及び内金五九万九六〇〇円に対する平成六年八月二八日から各支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1(1)  被告は、店舗等を使用して生活協同組合事業を営む生活協同組合である。

(2)  原告は、昭和二〇年四月二日生まれで、昭和四六年四月、九州大学生活協同組合に雇用されて勤務し、その後、福岡東部生活協同組合、生活クラブ生協神奈川に勤務した後、昭和五二年七月六日、被告に雇用され、被告従業員として勤務した。

(3)  原告は、妻及び娘(昭和四八年九月一〇日生)を有する。

2  (平成六年三月二〇日までの間の賃上げ等による賃金差額請求・合計一二九万二二〇〇円)

(1) (平成元年八月一日当時の賃金額)

原告の平成元年八月一日当時の月額賃金額は、合計三〇万〇五〇〇円(基本給二四万五五〇〇円、職務手当四万円、家族手当一万五〇〇〇円・前月二一日から当月二〇日までの分を当月二五日に支払)である。

(2) (平成二年三月二一日賃上分の請求)

イ 被告は、平成二年三月二一日、被告従業員の定期昇給外の昇給(ベースアップ)として、その基本給額を一律月額六七〇〇円昇給させた。

ロ 被告の給与規定一七条本文は、「基本給の昇給は毎年三月二一日に昇給を行い前年当該号級より一号進むものとする」旨を定めている。

ハ 平成二年三月二一日当時における被告従業員の基本給の定期昇給による一号進んだ昇給額は、少なくとも月額三二〇〇円である。

ニ 右平成二年三月二一日ベースアップ分及び定期昇給分の合計額は、月額九九〇〇円であるから、平成二年三月二一日以降の原告の基準内給与月額は、少なくとも合計三一万〇四〇〇円(うち基本給月額二五万五四〇〇円)である。

ホ 右月額九九〇〇円に平成二年三月二一日から平成三年三月二〇日までの間の一二ヶ月を乗ずると、一一万八八〇〇円であり、これが原告の請求する差額分のうち右期間に対応する金額である。

(3) (平成三年三月二一日賃上分の請求)

イ 被告は、平成三年三月二一日、被告従業員の定期昇給外の昇給として、基準内給与の五・四パーセントを昇給させた(ただし、その昇給金額が一万二五〇〇円以下のときは月額一万二五〇〇円、一万六〇〇〇円以上のときは月額一万六〇〇〇円)。

ロ 原告の平成三年三月二一日当時の基準内給与月額は三一万〇四〇〇円であり、その五・四パーセントに相当する金額は一万六七六一円であるから、右昇給による昇給額は、月額一万六〇〇〇円である。

ハ 右昇給の結果、平成三年三月二一日以降の原告の基準内給与月額は、少なくとも合計三二万六四〇〇円である。

(4) (新賃金体系への移行による賃金改定)

イ 被告の設置した賃金検討委員会は、平成四年一月二一日、被告に対し、被告の給与規定に定める賃金体系を次のとおりに変更すべき旨を答申した。

(賃金項目の変更)

〈1〉 基準内賃金を、基本給、職務手当、資格手当及び家族手当とする。

〈2〉 基本給を、年齢給、勤続給及び職務給とする。

〈3〉 基準外手当として、住宅手当を新設する。

(支給基準の変更)

〈1〉 年齢給は、年度当初三月二一日現在の満年齢に相当する給与を支給する。

〈2〉 勤続給は、年度当初三月二一日現在の満勤続年数に相当する給与を支給する。端数が満九ヶ月以上の場合には、一年とみなして適用する。

〈3〉 職務給は、職務・能力・経験に応じて支給する。高校新卒の場合は一等級〇号とし、大学新卒の場合には一等級〇号とする。中途採用の場合には他事務所勤務経験分を加算して決める。

〈4〉 職務手当は、役職に応じて支給し、同一役職にある場合は、二ないし四年ごとに五〇〇〇円を加算する。

〈5〉 資格手当は、職務手当の支給を受けていた者がその役職を離れて無役となった場合は、現に支給されていた職務手当と同額を資格手当として支給する。

〈6〉 家族手当は、扶養家族を有する者に支給する。

〈7〉 住宅手当は、居住する住宅の状況に応じて支給する。

〈8〉 職務給は、一般職は一等級とし、店長代行及び無役の者は二等級とし、店長・商務・室長は三等級とする。

〈9〉 年齢給・勤続給・職務給の合計を基本給とし、基本給に職務手当・資格手当・家族手当を加算したものを基準内給与として賞与の計算基礎とする。

(移行のための経過措置)

〈1〉 新賃金体系への移行にあたっては、月次給与及び年額で従来金額を下回らないようにする。

〈2〉 職務手当又は資格手当は、辞令によって決定するが、現行給与との差額を下回らないような金額とする。

〈3〉 職務給の適用を最後に決めて調整し、職務給の相対的な不都合は、数年間の定昇時に調整する。

ロ 被告は、右検討委員会答申を原則として了承し、被告従業員との間の団体交渉の結果、平成四年三月分給与(同年三月二五日支払分給与)については、経過措置として、次のとおりに修正を加えた上、被告賃金体系に移行した。

〈1〉 基準内賃金は、右答申によって計算し、〇円ないし一九〇〇円の範囲の増減であればその金額とし、過不足分は調整手当として支給する。

〈2〉 平成四年三月分賃金での住宅手当は、一律五〇〇〇円とする。

(5) (新賃金体系移行による賃金変更)

右新賃金体系への移行措置により、原告の平成四年三月分給与(同年三月二五日支払分給与)は、次のとおりとなった。

イ〈1〉 (年齢給)

原告は、平成四年三月二一日当時、満四五歳であり、満四五歳に適用される年齢給は、月額一四万六〇〇〇円である。

〈2〉 (勤続給)

原告が被告に雇用された昭和五二年七月六日から平成四年三月二一日までの勤続年数は、一三年八ヶ月であり、勤続一三年に適用される勤続給は、月額三万二〇〇〇円である。

〈3〉 (職務給)

原告の生活協同組合における勤務歴は、通算で二〇年であり、一般職の勤続二〇年の職務給は、月額四万五三〇〇円であるが、これを後記のとおりに調整した額が被告から支払われるべき職務給である。

〈4〉 (資格手当)

原告は、職務手当の対象外であるが、従前から月額四万円の職務手当を受けていたので、同一金額が資格手当として支給される。

〈5〉 (家族手当)

家族手当は、配偶者が月額一万円及び父母子が一人当たり月額五〇〇〇円であり、原告には妻及び娘があるので、従前と同様の月額一万五〇〇〇円である。

〈6〉 (住宅手当)

暫定的に一律月額五〇〇〇円であるので、原告の住宅手当も月額五〇〇〇円である。

ロ 右原告の基準内賃金の額を合計すると、月額二七万八三〇〇円となるが、原告の平成三年三月二一日以降の基準内月額賃金は三二万六四〇〇円であるので、従前と比較して月額四万三一〇〇円少ないことになる。

ハ そこで、前記答申に基き(ママ)、従前の賃金額を下回らないように職務給のあてはめで調整すべきであり、従前の賃金との差額八万八四〇〇円を下回らない金額で最も低い金額は二等級二五号(月額九万円)であるから、原告の職務給は、月額九万円である。

ニ 以上を合計すると、原告の平成四年三月期(同年二月二一日から同年三月二〇日まで)の賃金は、三二万八〇〇〇円となり、これから既払いの三〇万〇五〇〇円を控除した残額は、二万七五〇〇円である。

原告は、被告に対し、同年三月期賃金差額として、右二万七五〇〇円の支払を求める。

(6) (平成四年三月二一日賃上分の請求)

イ 平成四年三月二一日以降の賃金は、前記賃金検討委員会答申に従って賃金体系の変更があった。これを原告にあてはめると、次のとおりとなる。

〈1〉 (年齢給)

原告は、平成四年三月二一日当時、満四六歳であり、満四六歳に適用される年齢給は、当初の年齢給表の金額である月額一四万六五〇〇円に一律月額一五〇〇円を加算した額であるので、月額一四万八〇〇〇円である。

〈2〉 (勤続給)

原告が被告に雇用された昭和五二年七月六日から平成四年三月二一日までの勤続年数は、一四年八ヶ月であり、勤続一四年に適用される勤続給は、月額三万四〇〇〇円である。

〈3〉 (職務給)

原告は、同年三月期賃金においては二等級二五号に位置づけられるので、本来は、更に一号昇級するはずである。

ところで、平成四年四月期から被告従業員の職務給が三〇号まで増加し、更に職務給の増額があった。その結果、二等級二五号を一号昇級した二等級二六号は月額九万六五〇〇円であるが、原告の場合、勤続年数が二一年であるので、ここで調整され、同一の号に据え置かれることになる。

したがって、原告の職務給は、改定された二等級二五号の金額である月額九万一五〇〇円である。

〈4〉 (資格手当)

原告は、職務手当の対象外であるが、従前から月額四万円の職務手当を受けていたので、同一金額が資格手当として支給される。

〈5〉 (家族手当)

家族手当は、従前と同様の月額一万五〇〇〇円である。

〈6〉 (住宅手当)

住宅手当は、公共住宅の場合には、一律月額六〇〇〇円であり、原告は、公共住宅に入居していたので、原告の住宅手当も月額六〇〇〇円である。

ロ 以上の合計額は月額三三万四五〇〇円であり、これから既払いの月額三〇万〇五〇〇円を控除した差額月額三万四〇〇〇円の一二ヶ月分は合計四〇万八〇〇〇円である。

原告は、被告に対し、平成四年三月二一日以降の昇級分の差額として、右四〇万八〇〇〇円の支払を求める。

(7) (平成五年三月二一日賃上げ分の請求)

イ〈1〉 (年齢給)

原告は、平成五年三月二一日当時、満四七歳であり、満四七歳に適用される年齢給は、前同様に当初金額を(ママ)一律月額一五〇〇円加算した月額一四万八五〇〇円である。

〈2〉 (勤続給)

原告が被告に雇用された昭和五二年七月六日から平成四年三月二一日までの勤続年数は、一五年八ヶ月であり、勤続一五年に適用される勤続給は、月額三万六〇〇〇円である。

〈3〉 (職務給)

原告の職務給は、二等級二五号であるが、勤続年数と号が一致しないので、従前の月額九万一五〇〇円に据え置かれる。ただし、平成五年一〇月期(平成五年九月二一日から同年一〇月二〇日までの分)から職務給が増額となり、二等級二五号は、月額九万四〇〇〇円となった。

〈4〉 (資格手当)

原告は、職務手当の対象外であるが、従前から月額四万円の職務手当を受けていたので、同一金額が資格手当として支給される。

〈5〉 (家族手当)

家族手当は、従前と同様の月額一万五〇〇〇円である。

〈6〉 (住宅手当)

住宅手当は、従前と同様の月額六〇〇〇円である。

ロ 以上を合計すると、職務給が増額される前の時点である平成五年三月二一日から同年九月二〇日までの間の原告の賃金は、月額三三万七〇〇〇円であり、職務給が改定された同年九月二一日以降は、月額三三万九五〇〇円である。

そして、右各賃金額から既払いの月額三〇万〇五〇〇円を控除した差額の平成五年三月二一日から平成六年三月二〇日までの分の合計額は、四五万三〇〇〇円である。

原告は、被告に対し、平成五年三月二一日以降の昇級による差額分として、右四五万三〇〇〇円の支払を求める。

3  (平成六年三月二一日から同年八月二〇日までの間の賃金請求・合計七〇万九二三八円)

(1) (平成六年三月二一日以降の賃金額)

イ〈1〉 (年齢給)

原告は、平成六年三月二一日当時、満四八歳であり、満四八歳に適用される年齢給は、被告給与表年齢給の満四八歳に対応する金額である月額一四万九〇〇〇円である。

〈2〉 (勤続給)

原告が被告に雇用された昭和五二年七月六日から平成四年三月二一日までの勤続年数は、一六年八ヶ月であり、勤続一五年に適用される勤続給は、月額三万八〇〇〇円である。

〈3〉 (職務給)

原告の職務給は、二等級二五号であるが、原告の平成六年四月期以降の職務給は、一号上昇して月額九万六五〇〇円となる。しかし、原告の勤続年数と号が一致しないので、従前の職務給と同額の月額九万四〇〇〇円に据え置かれる。

〈4〉 (資格手当)

原告は、職務手当の対象外であるが、従前から月額四万円の職務手当を受けていたので、同一金額が資格手当として支給される。

〈5〉 (家族手当)

家族手当は、従前と同様の月額一万五〇〇〇円である。

〈6〉 (住宅手当)

住宅手当は、従前と同様の月額六〇〇〇円である。

ロ 以上を合計すると、原告の平成六年三月二一日以降の賃金は、月額三四万二〇〇〇円である。

(2) (平成六年三月二一日から同月三一日までの間の差額賃金の請求)

イ 被告は、原告に対し、平成六年三月二一日から同月三一日までの賃金として月額三〇万〇五〇〇円の割合による金員を支払った。

ロ 右一一日間について、原告に対し本来支払われる賃金額と被告が現実に支払った金額との差額は、一万四七二六円である。

342,000×11/31=121,355

300,500×11/31=106,629

121,355-106,629=14,726

(3) (平成六年四月一日から同年七月三一日までの間の差額賃金の請求)

イ 被告は、原告に対し、平成六年四月一日から同年七月三一日までの賃金として月額一九万一六〇〇円の割合による金員を支払った。

ロ 右四ヶ月間について、原告に対し本来支払われる賃金額である月額三四万二〇〇〇円と被告が現実に支払った金額との差額は、月額一五万〇四〇〇円であるから、その四ヶ月分の合計額は、六〇万一六〇〇円である。

(4) (平成六年八月一日から同月二〇日までの間の差額賃金請求)

イ 被告は、原告に対し、平成六年八月一日から同月二〇日までの賃金として一二万七七三三円の割合による金員を支払った。

ロ 右二〇日間について、原告に対し本来支払われる賃金額と被告が現実に支払った金額との差額は、九万二九一二円である。

342,000×20/31=220,645

220,645-127,733=92,912

(5) 右のとおり、平成六年三月三一日から同年八月二〇日までの分の未払賃金の合計額は、七〇万九二三八円である。

4 (賞与金請求・合計七一五万六三四五円)

(1) (賞与の支給基準)

被告の就業規則及び給与規定は、被告従業員の賞与につき、次のとおりに規定している。

〈1〉 賞与は、上半期賞与(夏期賞与)及び下半期賞与(冬期賞与)とし、上半期賞与は毎年六月一五日に、下半期賞与は毎年一二月一五日に支給する。

〈2〉 上半期賞与の算定基礎期間は毎年一一月二一日から当年五月二〇日までとし、下半期賞与の算定基礎期間は当年五月二一日から一一月二〇日までとする。

〈3〉 賞与の額は、当該算定基礎期間における従業員の勤務成績及び出勤率を考慮して支給するものとし、基準内給与額に賞与支給率、成績率及び出勤率を乗じて算出する。

〈4〉 賞与支給率は、原則として二・〇とし、当該算定基礎期間における生協の業績により増減することができる。

〈5〉 成績率は、当該算定基礎期間における従業員の職務の責任度及び勤務成績によって評点し、最高点を一・三及び最低点を一・〇とする。

(2) (原告に対して支払われるべき賞与額)

イ (平成元年下期賞与)

当期における原告の基準内賃金は月額三〇万〇五〇〇円であり、支給率は二・六五ヶ月であるから、七九万六三二五円である。

ロ (平成二年上期賞与)

当期における原告の基準内賃金は月額三一万〇四〇〇円であり、支給率は二・〇ヶ月であるから、六二万〇八〇〇円である。

ハ (平成二年下期賞与)

当期における原告の基準内賃金は月額三一万〇四〇〇円であり、支給率は二・一ヶ月であるが、これによって算出された金額に一九万五〇〇〇円を加算するというものであったから、八四万六八四〇円である。

ニ (平成三年上期賞与)

当期における原告の基準内賃金は月額三二万六四〇〇円であり、支給率は二・〇ヶ月であるから、六五万二八〇〇円である。

ホ (平成三年下期賞与)

当期における原告の基準内賃金は月額三二万六四〇〇円であり、支給率は二・七ヶ月であるが、これによって算出された金額に五万円を加算するというものであったから、九三万一二八〇円である。

ヘ (平成四年上期賞与)

当期における原告の基準内賃金は月額三二万八五〇〇円であり、支給率は二・〇ヶ月であるから、六五万七〇〇〇円である。

ト (平成四年下期賞与)

当期における原告の基準内賃金は月額三二万八五〇〇円であり、支給率は二・六五ヶ月であるが、これによって算出された金額に二万円を加算するというものであったから、八九万〇五二五円である。

チ (平成五年上期賞与)

当期における原告の基準内賃金は月額三二万八五〇〇円であり、支給率は二・〇ヶ月であるから、六五万七〇〇〇円である。

リ (平成五年下期賞与)

当期における原告の基準内賃金は月額三三万三五〇〇円であり、支給率は二・六五ヶ月であるが、これによって算出された金額に二万円を加算するというものであったから、九〇万三七七五円である。

ヌ (平成六年上期賞与)

被告は、平成六年夏期賞与については、被告従業員に対し、一律に少なくとも二〇万円を支給する旨を決定した。したがって、原告に対しても少なくとも二〇万円が支給されるべきである。

よって、原告は、被告に対し、平成二年三月二一日から平成六年八月二〇日までの間の原告の昇給等を含む賃金額から既払額を控除した差額賃金及び平成元年下期から平成六年上期までの間の賞与の合計金九一五万七七八三円並びに内金八五五万八一八三円に対する本件訴状送達の日の翌日である平成六年七月一三日から及び内金五九万九六〇〇円に対する平成六年八月二〇日の後の日である同月二八日から各支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する答弁

1  請求原因1の各事実のうち、平成元年以降、原告が正常に被告に勤務したことは否認し、その余はいずれも認める。

2  請求原因2及び3の各事実のうち、原告の年齢及び被告が原告に対して賃金(平成六年三月三一日までの間は月額三〇万〇五〇〇円の割合による金員・同年四月一日から同年八月二〇日までの間は月額一九万一六〇〇円の割合による金員)の支払をしたことは認め、その余は否認する。

3  請求原因4の各事実のうち、被告従業員の賞与につき原告主張のような就業規則の定めがあることは認め、その余はいずれも否認する。

三  抗弁

1  (既判力の抵触)

(1)イ 原告は、平成三年四月三〇日、本件原告を反訴原告とし本件被告を反訴被告として、原告の被告に対する平成三年五月以降の未払賃金の支払請求の訴えを東京地方裁判所に提起し(東京地裁平成三年(ワ)五三四四号雇用関係存在確認等請求事件)、平成六年三月一六日、同事件の控訴審である東京高等裁判所において原告の被告に対する平成三年五月から判決確定の日までの分の賃金請求を認容する旨の判決を受け(平成五年(ネ)第二四九五号雇用関係存在確認等・独立当事者参加・雇用関係存在確認等請求控訴事件、同年(ネ)第二五一一号雇用関係存在確認等・同反訴・独立当事者参加請求控訴事件)、この判決は、平成六年三月三一日に確定した。

ロ 右訴訟事件は、原告が被告から被告の関連生活協同組合である訴外Eコープへ移籍すべく被告を退職した後、Eコープから採用取消の通知を受けたことから、Eコープ及び被告それぞれを相手方にして、Eコープに対しては採用取消の無効を主張し、被告に対しては退職の無効を主張して、いずれかの生活協同組合との間で雇用契約上の地位を有することの確認及び賃金の支払を求めたものであるが、結局、右判決によって、原告とEコープとの間の雇用関係は否定され、原告と被告との間の雇用契約の継続が確認された。

(2) 原告の本件各請求のうち平成三年五月から前訴控訴審判決確定の日である平成六年三月三一日までの部分は、前訴の訴訟物である賃金請求と全く同一であるから、前訴の既判力に抵触する。

2  (消滅時効)

被告は、本件第二回口頭弁論期日(平成六年一〇月一八日)において、本件請求のうち平成四年七月一一日以前の賃金及び賞与の請求につき、労働基準法一一五条所定の二年の消滅時効を援用した。

3  (過払賃金額相当額の相殺)

(1) 被告は、前訴確定判決に従い、原告に対し、平成六年五月一六日、平成元年八月一日から平成六年三月三一日までの賃金として合計金一六六二万七六六六円を支払ったが、この中には、家族手当として、原告の妻分月額一〇〇〇〇円及び原告の妻(ママ)分月額五〇〇〇円が含まれている。

(2) 被告給与規定二二条は、被告の従業員が扶養家族手当を受けられるのは、配偶者の場合、その収入が税法で定める基礎控除額以下であり、子の場合、満一八歳未満で収入のないことを要する旨を定めており、また、平成元年八月一日から平成六年三月三一日の間の税法上の年間基礎控除額は、平成元年が年間九二万円、平成二年から平成六年までが年間一〇〇万円である。

(3) 被告の妻は、平成元年から平成六年三月ころまでの間、三鷹市役所に勤務し、月額一四万円ないし一五万円(年額一六〇万円ないし一八〇万円)の収入を得ていた。また、原告の娘は、平成三年九月一〇日に満一八歳に達していた。

したがって、被告は、原告に対し、平成元年八月分から平成六年三月分までの五六ヶ月間の妻の家族手当合計金五六万円及び平成三年一〇月分から平成六年三月分までの三〇ヶ月間の娘の家族手当合計金一五万円を過払いしたことになるから、同額の不当利得返還請求権を有する。

(4) 被告は、本件第一一回口頭弁論期日(平成八年六月一〇日)において、原告に対し、右不当利得返還請求債権を自働債権とし、原告の本件請求債権を受働債権として、対当額で相殺する旨の意思表示をした。

4  (被告給与規定一七条但書の適用)

(1) 被告給与規定一七条但書は、被告従業員の基本給の昇給につき、「前年度出勤率八割以上の者に対して行う」旨を定めている。

(2) 原告は、被告在勤当時、勤務成績、出勤率ともに極めて悪く、殊に、被(ママ)告がEコープへ移籍することになった平成元年六月二六日ころから同年八月一日ころまでの間は、毎月、タイムカードを押した後にどこにいるのかが全く分からないような状態が続いた。被告としては、本来であれば原告を懲戒処分とすべきところであったが、まもなく原告がEコープに移籍するので、そのまま放置した。その後、原告は、抗弁1(1)の事件の判決により被告の従業員たる地位を有することが認められたが、右のとおり、原告の平成元年中の出勤率は八割以下であり、したがって、定期昇給は認められず、また、同年中の賞与についても原告主張のような金額が支給されることはない。

5  (人員整理に伴う休職命令)

(1) 被告は、戦後間もなく設立されたが、平成二年当時には既に経営破綻に瀕しており、抜本的な対策を講じない限り、倒産が必至の状態にあった。

そこで、被告は、被告の大口仕入先である日本生協連合会及び首都圏コープ事業連合会に対し、これら仕入先に対する被告の仕入債務の棚上げを要請した。これに対し、日本生協連合会及び首都圏コープ事業連合会は、仕入債務の棚上げには応ずるものの、被告に対し、被告の資産の売却、組合債(生協組合員からの借入金)の大幅カット、店舗の整理縮小、従業員数の削減等を求めた。

この結果、被告は、被告の資産を売却し、組合債の債権組合員の了承に基づいて組合債を大幅カットし、当時一〇店舗あった被告の店舗を平成六年までに五店舗閉鎖した。

そして、被告従業員数の削減に関しては、被告は、被告の全従業員に対して希望退職を募ったところ、四名の被告従業員が任意退職に応じたが、なお八名の余剰人員があり、その結果、前訴東京高裁判決の確定により被告従業員として職場復帰をした原告に対しては、働いてもらう適当な職場が存在しないことになった。

そこで、被告は、被告が倒産の危機に瀕して、必然的に被告従業員の解雇につながるような事態を予想せざるを得ず、被告従業員に対する即時全員強制解雇という事態を避けるため、やむなく八名の被告従業員に対して将来の整理解雇を前提とした休職命令を発することとし、これについては、被告下馬生協労働組合と協議し、同組合との間の合意を得た。この結果、原告以外に、七名の被告従業員が休職に応じた。

(2) 右の経緯により、被告は、平成六年三月三一日、原告に対し、同年六月末日までの期間につき、次のとおりの内容の休職命令を発し、この命令は、同年四月六日、原告に到達した。

〈1〉 本給の八〇パーセントを支給する。

〈2〉 賞与は支給しない。

〈3〉 本給の年齢及び勤続に基づく以外の定期昇給及びベースアップはしない。

〈4〉 退職金の計算において、休職期間は六〇パーセントのみを算入する。

(3) 次いで、被告は、原告に対し、平成六年六月二〇日付書面をもって、右休職期間を同年七月末日まで延長する旨を通知し、この通知は、そのころ、原告に到達した。

(4) その後、原告を含む前記八名の休職者のうち、一名は復職し、二名は希望退職に応じたことから、残余の余剰人員は五名となり、結局、被告は、原告を含む五名の被告従業員に対して、整理解雇を通知せざるを得ない状態となった。

被告従業員の整理解雇にあたって、被告は、予め〈1〉休職者のうち満年齢四五歳以上の者、〈2〉勤続五年未満の者又は〈3〉平成六年一月時点で現業配置でない者のうち、いずれか一に該当する者を対象として整理解雇を実施する旨を被告従業員に公表した。

(5) 被告は、原告に対し、平成六年七月一八日付書面をもって、同年八月二〇日付で原告を整理解雇する旨を通知し、この通知は、そのころ、原告に到達した。

(6) その後、被告は、現実に倒産状態となり、残った被告従業員のうち原告以外の者は他の関連生協等に就職をした結果、本件で係争中の原告以外には従業員が存在せず、実質的な事業活動も資産もなく、事実上、全くの精算法人と同様の状態となった。

四  抗弁に対する答弁

1(1)  抗弁1(1)の事実は、認める。

(2)  抗弁1(2)は、争う。

本件訴訟物である差額分賃金債権及び賞与債権は、前訴訴訟物である賃金債権とは訴訟物を異にするものであって、その請求原因事実も異なる。仮に本件請求にかかる訴訟物と前訴訴訟物とが同一であるとしても、前訴請求は、原告の賃金等の明示された一部請求であるのに対し、本件訴訟物は、前訴請求の残部請求である。そして、前訴請求が残部である定期昇給等による賃上差額分等を含まないものであることは、前訴請求及び本件請求それ自体から明か(ママ)である。

したがって、本件請求が前訴判決の既判力に抵触することはない。

2  抗弁2の事実は、認める。

3(1)  抗弁3(1)、3(2)及び3(4)の各事実は、いずれも認める。

(2)  抗弁3(3)の事実のうち、原告の妻が平成二年四月一日から平成五年三月三一日までの間、三鷹市役所で嘱託勤務をし、平成二年ないし同四年には、年間一〇〇万円を超過する収入があり、平成五年には年間約五〇万円の収入があったこと、原告の娘が平成三年九月一〇日に満一八歳に達したことは認め、その余は否認する。

4(1)  抗弁4(1)の事実は、認める。

(2)  抗弁4(2)の事実は、否認する。

原告は、平成六年四月六日までの間、雇用関係の存在等を主張して係争中であったが、この間、被告が労務提供の受領拒絶を継続し、新たな業務上の指示をしなかったのであるから、現実に労務を提供することができなかったのである。また、原告は、平成六年四月六日以降は、被告に対し、同日を含め複数回にわたって労務の提供を申し入れたが、被告は、労務の受領を拒絶した。したがって、原告は、被告に対し、本件雇用契約に基づく労務の履行の提供をしてきたものである。

また、賞与請求に関しても、平成元年八月以降、原告が現実に就労できなかったのは、被告が原告との雇用関係の存在を争い、原告の就労を拒否したためであるから、同月以降平成八年八月までの間、原告が全日就労したものと同様に評価すべきである。

5  請求原因5の各事実のうち、被告主張のとおりの原告に対する休職命令、休職延長命令及び整理解雇通知がなされたことは認め、その余はいずれも否認する。

被告が原告を含む被告従業員八名に対して休職命令を発するに際し、休職期間中の労働条件を定めるものとして研修休職規定を設けたが、原告に対する休職期間中の労働条件の変更は、この研修休職規定に基づくものである。しかし、被告の下馬生協労働組合は、右研修休職規定の新設について同意をしていない。

五  再抗弁

1  (時効中断・抗弁2に対する再抗弁)

(1)(主位的主張・裁判上の請求)

イ 原告は、平成三年四月三〇日、本件原告を反訴原告とし本件被告を反訴被告として、原告の被告に対する雇用契約上の地位確認請求の訴えを東京地方裁判所に提起し(東京地裁平成三年(ワ)五三四四号雇用関係存在確認等請求事件)、平成六年三月一六日、同事件の控訴審である東京高等裁判所において原告の被告に対する雇用契約上の地位を確認する旨の判決を受け(平成五年(ネ)第二四九五号雇用関係存在確認等・独立当事者参加・雇用関係存在確認等請求控訴事件、同年(ネ)第二五一一号雇用関係存在確認等・同反訴・独立当事者参加請求控訴事件)、この判決は、平成六年三月三一日に確定した。

ロ 雇用関係存在確認の訴えの提起は、「裁判上の請求」に該当し、雇用関係という基本的法律関係から派生する賃金債権についても時効中断の効果を有するから、本件賃金債権についても時効中断事由となる。

(2)(予備的主張・催告)

イ 再抗弁1(1)イと同旨

ロ 原告は、平成六年三月三一日から六ヶ月以内の日である同年七月一日、本件訴えを提起した。

ハ 雇用関係存在確認の訴えの提起は、「裁判上の催告」に該当し、その訴訟係属中は、雇用関係という基本的法律関係から派生する賃金債権についても時効中断の効力を有するから、本件賃金債権についても時効中断事由となる。

2(既判力の抵触・抗弁3に対する再抗弁)

(1)イ 再抗弁1(1)イと同旨

ロ 右訴訟事件において、被告の原告に対する平成元年八月一日から平成三年三月三一日までの賃金のうち家族手当部分が月額一万五〇〇〇円であるい(ママ)ことが既判力をもって確定した。

(2) 被告は、前訴において、事実審口頭弁論終結時までに原告の家族手当につき争うことができたはずであるのに、これを争わなかったのであるから、被告の相殺権の行使は不当である。

3(賞与一律支給の労働慣行・抗弁4に対する再抗弁)

被告の賞与(夏期及び冬期の一時金)については、遅くとも平成元年当時には、被告の下馬生協労働組合の組合員との関係では被告と同組合との協定によって支給し、非組合員である従業員についてもこれと同一の額を支給する旨の労働慣行が成立しており、現在も同様である。

4  (解雇権の濫用)

被告の原告に対する休職処分及び整理解雇は、訴訟を提起して勝訴した原告が企業内で作業をできないようにすることを目的とし、原告を企業外に追放しようとして行われたものであって、処分権及び解雇権の濫用として無効である。

また、右休職処分及び整理解雇は、原告が全労協全国一般東京労働組合の組合員であることを理由になされた不当労働行為であり、処分権及び解雇権の濫用として無効である。

六  再抗弁に対する答弁

1(1)  再抗弁1(1)イの事実は認め、ロは争う。

(2)  再抗弁(2)イ及びロの各事実は認め、ハは争う。

2(1)  再抗弁2(1)イ及びロの各事実は、いずれも認める。

(2)  再抗弁2(2)は、争う。

3  再抗弁3の事実は、否認する。

4  再抗弁4の事実のうち、原告が全労協全国一般東京労働組合の組合員であることは認め、その余はいずれも否認する。

第三証拠関係

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これらを引用する。

理由

一  (平成六年三月三一日までの賃金差額部分の請求について)

1  まず、一般に、ベースアップ等による賃金の増額部分は、一個の賃金債権の金額的一部分(分量的一部分)に過ぎないと解されるから、本件賃上等による差額賃金支払請求の訴訟物は、前訴訴訟の訴訟物であった平成六年四月三〇日までの賃金債権と同一の訴訟物の金額的一部分である。

しかるに、原告は、平成三年四月三〇日、本件原告を反訴原告とし本件被告を反訴被告として、原告の被告に対する雇用契約上の地位確認請求の訴えを東京地方裁判所に提起し(東京地裁平成三年(ワ)五三四四号雇用関係存在確認等請求事件・以下「前訴第一審」という。)、平成六年三月一六日、同事件の控訴審である東京高等裁判所において原告の被告に対する雇用契約上の地位を確認する旨の判決を受け(平成五年(ネ)第二四九五号雇用関係存在確認等・独立当事者参加・雇用関係存在確認等請求控訴事件、同年(ネ)第二五一一号雇用関係存在確認等・同他方、反訴・独立当事者参加請求控訴事件・以下「前訴控訴審」という。)、この判決は、平成六年三月三一日に確定したこと、以上の各事実については、当事者間に争いがない。そして、前訴第一審判決(〈証拠略〉)及び同控訴審判決(〈証拠略〉)並びに弁論の全趣旨によれば、前訴における当初の請求が原告の賞与部分を除く賃金請求としては(将来請求全部を含む)全部請求であったことが判決理由の文面上から明らかである。また、右判決理由によれば、前訴控訴審判決の確定によって、原告の賞与以外の賃金額は、基本給月額二四万五五〇〇円、職務手当月額四万円、家族手当月額一万五〇〇〇円によって算定される月額合計三〇万〇五〇〇円であることが既判力をもって確定されたものと判断する。

したがって、原告が右前訴判決によって確定された賃金算定方式とは異なる賃金算定方式の事実主張に基づいて、前訴判決の確定後、新たに賃金の賃上部分との差額部分につき残部請求をすることは、判決の既判力に抵触するものとして許されない。

ところが、本件請求において、原告は、原告の平成四年二月二一日以降の賃金につき、賃金体系に変動があったことを前提に、原告が前訴判決によって既判力をもって確定された賃金額の算定基礎とは異なる事実主張をなし、この事実主張に基づいて、その支払請求をしていることが原告の主張自体から明らかである。

したがって、原告の本件請求のうち、右平成四年二月二一日以降の差額請求部分(賞与を除く。)は、前訴判決の既判力に抵触し、失当である。

2  次に、原告の本件請求のうち、平成四年二月二〇日以前の差額請求部分について判断する。

まず、原告の主張する平成二年三月の昇給についてであるが、被告従業員の基本給の昇給に関する被告給与規定一七条但書が「前年度出勤率八割以上の者に対して行う」旨を定めていることについては、当事者間に争いがないところ、この規定は、被告従業員の昇給という権利発生のための基準に関する根拠規定であるから、原告は、各昇給年の前年において八割以上の出勤率であることを主張・立証しなければならない。

しかるところ、原告は、被告に雇用されて依頼(ママ)、継続して勤務し、前訴にかかる紛争の発生の後は、被告が労務の受領を拒否したので現実の労務の提供がなくとも昇給すべきである旨を主張するところである。

しかしながら、平成二年の前年である平成元年における原告の出勤率については、前記各判決書によって前訴にかかる紛争の発生時点であると認められる平成元年八月一日ころ以降の部分を考慮外に置いたとしても、その出勤率が年間八割以上であったことの立証はなく、却って、警告書(〈証拠略〉)、(人証略)の各証言に弁論の全趣旨を綜合すると、平成元年における原告の出勤率は、概ね八割未満であり、かつ、原告は、本来の勤務場所に正常に出勤して勤務すべきであるとする被告からの数度にわたる警告を無視し、かなり自己本位に振る舞っていたことが認められる。したがって、右給与規定の定めにより、原告について平成二年度の昇給がなされることはなかったものと判断する。

また、同様に、原告は、平成二年以降についても、年間出勤率が八割以上になったであろうことを主張・立証すべきであるが、そのような立証はなく、却って、右認定の事情等に鑑みると、仮に前訴にかかる紛争のため被告が原告の労務の提供の受領を拒むことなく、通常の労務の受領が可能な状態であったとしても、原告の平成二年以降の出勤率が年間八割以上になることはなかったであろうと推定される。

結局、原告についっ(ママ)て、平成三年度及び同四年度の昇給がなされることはないものと判断する。

いずれにしても、平成四年二月二〇日以前の時点においても、原告につき定期昇給等がなされたことを前提とした賃金差額は存在しない。

なお、この点に関し、前訴控訴審判決の判決理由は、一方では、原告が被告を退職し訴外Eコープへ転籍となったとされる平成元年八月一日以降の時点において、積極的に被告との雇用関係の存続を主張したり、被告からの退職の効力を争ったりしたことはないことを認定しつつも、原告の不就労は、被告の責めに帰すべき事由に基づくものであるから、原告が被告に対する賃金債権を失うことにはならない旨を認定し、被告に対して原告の平成元年以降判決確定までの賃金全額の支払を命じているところであるが、本件賞与債権の特殊性に鑑み、当裁判所の右判断と右控訴審判決における判断とが抵触するものではないと解する。

二  (原告に対する休職命令及び整理解雇の有効性について)

1  原告に対して、平成六年四月一日以降七月末日までの間の期間を休職とし、その期間内の賃金を本給の八〇パーセントとし、ボーナスの支給をせず、本給の年齢給及び勤続に基づく以外の定期昇給及びベースアップをしないことを命ずる旨の研修休職命令及びその延長命令の各通知がなされたこと並びに原告を平成六年八月二〇日をもって整理解雇する旨の解雇通知がなされたこと、以上の各事実については、当事者間に争いがない。

2  下馬生協労働組合に対する提案書(〈証拠略〉)、同組合との協議経過報告書(〈証拠略〉)、(人証略)の証言、原告本人尋問の結果に弁論の全趣旨を綜合すると、被告が抗弁5として主張するとおりの各事情のほか、被告が新設した研修休職規定は、右労働組合の同意を得られないまま、労働基準監督署に届け出られたものであることが認められる。

3  そこで、右認定にかかる各事情に基づき判断すると、被告は、平成元年当時から既に経営危機に陥っており、その後も収支が改善せず、弁論の全趣旨によれば、口頭弁論終結時には完全に破産状態にあって、法人としての機能をほぼ喪失しており、法的にはともかく、社会的存在としては既に消滅していることが認められることからすると、遅くとも平成六年の段階では、被告従業員に対する整理解雇の必要性は十分にあったものと認められる。

4  そこで、整理解雇の一環としての本件休職命令及びその後の本件整理解雇の合理性及び相当性につき判断すると、右のような経営破綻状態の下にあっては、一定数の人員整理をする必要があることが認められ、その内容及び人選についても、右状況下にあってはやむを得ないという意味での合理性及び相当性を有するといわざるを得ず、かつ、被告の極めて切迫した経営状況を前提にする限り、下馬生協労働組合の同意が得られていないことは、右休職命令の合理性等を失わせることにならず、他方、原告を含む休職命令対象者八名の具体的な人選・方法等についても特段の違法があるとは認めがたい。

また、原告は、右休職命令等が不当労働行為に該当するから無効である旨を主張するところであるが、本件記録上の証拠によっては、右原告の主張につき立証があるということはできない。

5  してみると、平成六年四月一日から同年七月三一日までの間の原告に対する研修休職命令は、有効であり、この間の原告の給与額等は、被告主張のとおりであるから、結局、この期間内における原告の請求は、いずれも理由がない。

6  なお、研修休職期間が平成六年七月三一日で終了することから、その後である同年八月一日から同月二〇日までの間の原告の給与額は、月額三〇万〇五〇〇円の割合によって計算すべきであり、この前提で計算すると、原告に対して現実に支給された金額である一二万七七三三円との差額は、六万六一三八円であるから、この部分の差額賃金請求については、理由がある(一円未満四捨五入)。

300,500×20/31=193,871

193,871-127,733=66,138

三  (平成六年三月三一日までの賞与請求について)

1  一般に、労働者に対して賃金ないし給与の一部として支払われる賞与(一時金)の法的性質については、様々な見解が存在することは周知のとおりであるが、少なくとも、賞与のうち使用者の裁量による増減の余地のない部分については、純然たる賃金の一部としての法的性質を有するものであると解するのが相当である。

そして、本件において、原告が被告の裁量による金額的増減の余地のない最低部分に属するものであると主張して本件賞与請求をしていることは、原告の主張それ自体から明らかであるから、結局、本件賞与請求にかかる訴訟物もまた、前訴における訴訟物と同一の訴訟物である賃金債権の金額的一部分(分量的一部分)に過ぎないと判断する。

2  しかしながら、賃金債権も既発生のものについては通常の可分債権たる金銭債権の一種に過ぎず、また、ごく普通のレベルの国民感情からすると、通常の賃金(又は給与)と賞与(又は一時金)とはやや性質の異なるものであるとの認識が一般的であると考えられ、また、前訴において賞与債権の有無が争点になっていなかったことは前記判示のとおりであるから、本来は賃金の分量的一部分である賞与部分を明確に区分し、まず賞与以外の部分のみの一部請求をした後、別途賞与部分の請求をすることも処分権主義の範囲内にあるものとして許されると解すべきである。

3  そこで判断すると、原告の平成元年以降の出勤率が年間八割以上ではなかったと推定すべきことは、前記のとおりであるところ、前記各証言によれば、本件において採用すべき原告の出勤率は〇・七九であると認められる。また、計算の基礎となる本給の額は、月額三〇万〇五〇〇円とすべきこと、平成六年上期における賞与請求権が原告に対する休職命令によって消滅していることは、ここまで認定のところから明らかである。なお、成績率は、原告の請求する率であり被告給与規定の定める最低率である最低限度の一・〇である。

他方、確認書(〈証拠略〉)、合意書(〈証拠略〉)、協定書(〈証拠略〉)、(人証略)の証言、原告本人尋問の結果に弁論の全趣旨を併せると、被告の従業員に対する各支払期における賞与支給率が原告主張のとおりであり、この支給率が原告に対しても適用されることが認められる。

4  以上を前提に計算すると、被告から原告に対して支払われるべき賞与の額は、次のとおりとなり(一円未満四捨五入)、その合計額は、五二一万〇九四八円である。

イ(平成元年下期賞与)

当期における原告の基準内賃金は月額三〇万〇五〇〇円であり、支給率は二・六五ヶ月、出勤率は〇・七九であるから、六二万九〇九七円である。

ロ(平成二年上期賞与)

当期における原告の基準内賃金は月額三〇万〇五〇〇円であり、支給率は二・〇ヶ月、出勤率は〇・七九であるから、四七万四七九〇円である。

ハ(平成二年下期賞与)

当期における原告の基準内賃金は月額三〇万〇五〇〇円であり、支給率は二・一ヶ月、出勤率は〇・七九であるから、四九万八五三〇円であり、これに一九万五〇〇〇円を加算するというものであったから、六九万三五三〇円である。

ニ(平成三年上期賞与)

当期における原告の基準内賃金は月額三〇万〇五〇〇円であり、支給率は二・〇ヶ月、出勤率は〇・七九であるから、四七万四七九〇円である。

ホ(平成三年下期賞与)

当期における原告の基準内賃金は月額三〇万〇五〇〇円であり、支給率は二・七ヶ月、出勤率は〇・七九であるから、六四万〇九六七円であり、これに五万円を加算するというものであったから、六九万〇九六七円である。

ヘ(平成四年上期賞与)

当期における原告の基準内賃金は月額三〇万〇五〇〇円であり、支給率は二・〇ヶ月、出勤率は〇・七九であるから、四七万四七九〇円である。

ト(平成四年下期賞与)

当期における原告の基準内賃金は月額三〇万〇五〇〇円であり、支給率は二・六五ヶ月、出勤率は〇・七九であるから、六二万九〇九七円であり、これに二万円を加算するというものであったから、六四万九〇九七円である。

チ(平成五年上期賞与)

当期における原告の基準内賃金は月額三〇万〇五〇〇円であり、支給率は二・〇ヶ月、出勤率は〇・七九であるから、四七万四七九〇円である。

リ(平成五年下期賞与)

当期における原告の基準内賃金は月額三〇万〇五〇〇円であり、支給率は二・六五ヶ月、出勤率は〇・七九であるから、六二万九〇九七円であり、これに二万円を加算するというものであったから、六四万九〇九七円である。

四  (相殺の抗弁について)

1  被告は、家族手当部分に相当する既払賃金中に過払による不当利得部分があるとして、これを自動債権とし原告の本件請求債権を受動債権とする相殺の抗弁を主張する。

2  しかしながら、一般に、労働者の賃金債権については法定の差押制限があるなど、労働者の賃金の実質的に確保すべき必要性の観点から、特段の事情がない限り、労働者の賃金債権を受働債権とし使用者の労働者に対する債権を自働債権とする相殺は許されないと解する。

3  しかるところ、本件記録を精査するも、本件において右特段の事情に関する十分な主張・立証があるということはできず、したがって、被告の右相殺の主張は、失当である。

五  (消滅時効の抗弁について)

1  本件第二回口頭弁論期日(平成六年一〇月一八日)において、本件請求のうち平成四年七月一一日以前の賃金及び賞与の請求につき、被告が労働基準法一一五条所定の二年の消滅時効を援用したことは、当裁判所に顕著である。

また、前訴事件判決の確定の日である平成六年三月三一日から六ヶ月以内の日である同年七月一日に本件訴えの提起がなされたことは、本件記録上明らかである。

2  そして、一般に、雇用関係上の地位の存在確認の訴えの提起は、「裁判上の請求」に該当し、雇用関係という基本的法律関係から派生する賃金債権についても時効中断の効果を有するから、本件賃金債権についても時効中断事由となると解すべきであるところ、右各判決の判決書(〈証拠略〉)によれば、同事件が原告の被告に対する雇用契約上の地位の存在の確認を求めるものであることが明らかに認められる。

3  したがって、被告の消滅時効の抗弁は、失当である。

六  (請求認容額)

1  賞与以外の未払賃金として、平成六年八月一日から同月二〇日までの間の未払賃金六万六一三八円及びこれに対する支払期限の後の日である平成六年八月二八日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金を求める部分は理由があるが、その余は理由がない。

2  賞与については、合計金五二一万〇九四八円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である平成六年七月一三日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金を求める部分は理由があるが、その余は理由がない。

七  (結論)

以上によれば、原告の本件請求のうち、右認容額部分は理由があるので認容するが、その余は棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九二条、八九条を、仮執行宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結の日・平成八年一〇月二八日)

(裁判官 夏井高人)

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